普段何気なく使っているフォントですが、時代によってどのような文字が流行っていたか大きく変わります。
今、昭和や平成の文化がレトロブームで大きな人気を博しているため、あらゆるところで「昔っぽさを醸し出しているフォント」を見かけるかと思います。
一方でもちろん令和にも現在進行形で流行しているフォントがあるのですが、こうした流行の移り変わりは、実は社会や技術革新の変化の影響を大きく受けているといえます。
今回は印刷やグラフィックデザインにも大きくかかわるフォントについて、どのような流行があったのか昭和からの変遷を調べてみました。
昭和…写植の普及とともに写植のフォントも定着
まだコンピュータが生まれる以前の出版業界では、版下を製造するのにDTPではなく写真植字(写植)の技術が使われていました。
写植とは文字の一覧が記されたネガ状のフィルムに光をあてて、印画紙に露光させ色を反転させることで版下用の原稿にテキストを印字させる方法です。
印字させる際に拡大・変形レンズを用いることで、文字のサイズや形状を変えられるため、金属活字より文字デザインの自由度が高いのが特徴です。
また管理面や効率面でもメリットが大きい写植は、昭和初期から活字を用いた印刷に変わる技術として普及していきました。
しかし既存の金属活字をベースにしたフォントでは、文字サイズを変えながら写植を行うのには適さず、写植機メーカーはやがて写植に特化した形状のフォントを独自で製造するようになりました。
その代表ともいえるのが、写研の創業者・石井茂吉氏らにより開発された石井明朝体や石井ゴシック体です。
写植用に開発された明朝体は、金属活字の明朝体に比べて画線のメリハリをおさえた伸びやかな形状が特徴的で、教科書や文芸本や辞書といった文章がメインとなる印刷物に多く使われました。
一方、写植用のゴシック体は戦前のものと比べて画線が細くすっきりした印象があります。
1950年代にはより柔らかい印象のある丸ゴシック体の写植フォントも登場しています。
戦前の出版物では一般的に見出しはゴシック体、本文は明朝体が用いられることが多かったですが、写植用のゴシック体は小さな字でも画線がつぶれにくくなったこともあり、雑誌本文用のフォントとしても使われるようになりました。
特にナールやゴナといった丸ゴシック体のフォントは、解像度が低くても比較的文字が劣化しにくい点から、当時黄金期を迎えたテレビ放送のテロップをはじめ、駅や施設の案内看板など様々な場所で活用されました。
70年代後半以降には女子学生の間で丸文字(変体少女文字)と呼ばれるコミカルな形状の独特な字体が流行しますが、このブームの要因の一つとしてナール等の丸ゴシック体がファッション雑誌や漫画雑誌に用いられたことが挙げられます。
写植用のフォントが昭和の社会に大いに根付いていたのが分かりますね。
平成…PCやネットの普及でDTP用フォントが定着
平成になると技術革新によりワープロ、パソコン、携帯電話、スマートフォンと新たな電子機器が次々と現れます。
版下の作成も写植からパソコンを使ったDTP(デスクトッププリンティング)が主流になり、フォントの中心も印刷用フォントからDTP用フォントへと移っていきます。
モリサワやイワタなどのフォントメーカーは1990年代初頭よりDTP用フォントの開発をはじめます。
いち早く日本語のDTPフォントの開発を始めたモリサワは、明朝体の「リュウミン」やゴシック体「新ゴ」などのフォントを1990年代前半にリリースして、現在でもDTPの標準的なフォントとして活用されています。
平成前期にはハリーポッターシリーズなど文庫本に数多く利用されているリュウミン、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」でもなじみ深い重厚感のある字体が特徴のマティス、センター試験(現在の共通テスト)の冊子にも使われた整いのある画線の厚みが特徴の平成明朝などの明朝体フォントがリリースされました。
ゴシック体でも食品パッケージや案内看板などあらゆる所で見かけることができる新ゴ、都内の駅構内などで利用されている文字本来の形に沿ってデザインされたセザンヌ、平成期のテレビ放送のテロップに多用された丸ゴシック体のスーラなどのフォントがリリースされています。
2000年代になるとiPhoneの日本語標準フォントとして字游工房のヒラギノが採用され、マイクロソフトがWindowsのシステムフォントとしてゴシック体のメイリオを導入するなど現在もなお使われ続けているフォントが登場しました。
令和…多様性重視のフォントの登場とSNSの影響
2010年代後半ごろより、外国人の移住者や観光客が増加したことを受けNotoフォントファミリーや源ノ角ゴシック・源ノ明朝などハングルや中国語漢字にも対応したフォントが登場しました。
近年では、感覚的なハンディキャップにも考慮したユニバーサルデザインの考えを取り入れたUDフォントも出ており、Windowsパソコンに標準で搭載されています。
令和になるまでに、誰にでも文字が見やすい多様性重視のフォントが登場したのです。
またInstagramやTick TockなどのSNSが日本国内に普及しきったことで、誰でも簡単にテキスト入りの画像や映像を投稿できるようになりました。
そのため、明朝体やゴシック体以外にも投稿の雰囲気にあったおしゃれなフォントが使われ始めているのが令和のフォントの傾向といえるしょう。
たとえば最近、下図のような右上がりの手書き風文字をSNSや街中で見かけるかと思います。
YOASOBIの「夜に駆ける」やフジテレビ系列で放映されたドラマ「Silent」など近年人気を博したコンテンツには、このフォントのロゴを採用しているものも少なくありません。
まるで有名人のサインのようなこのフォントは、コミック本や映画のロゴだけにとどまらずスポーツ飲料から政党にいたるまであらゆる種類の広告で採用されています。
ネットで検索してみるとアオハルメーカーやからかぜなど手軽に右上がりの手書き風文字を再現できるフォントも多く見つかり、令和を象徴するフォントとなっています。
いつごろから使われ始めたかはっきりとした情報はないですが、2011年に連載がスタートした青春漫画「アオハライド」や映画監督の今泉力哉氏が2013年ごろから手がけた複数の作品に、このようなフォントが使われており、2018年ごろから数多くの作品でフォントを真似するようになったといわれています。
フォントの流行は「技術革新」に大きく影響される
フォントの流行が変化していった背景として写植、DTP、スマートフォン、SNSと出版やデザインに関する大きな技術革新が挙げられます。
版下の製造方法が変わっていけば、その都度新たな明朝体やゴシック体のフォントが出てくるため、時代によって同じ文字でも見た目の印象に若干違いが出てくるかと思います。
印刷や映像処理の技術が発達した現在、高精細な仕上がりのグラフィックデザインが造れるようになりました。
単にいいデザインにするだけでなく、テキストのフォントも雰囲気にあわせて一体感のある印象を与えられるものを選ぶよう心がけることが重要です。